座布団のひとりごと
今日も私は尻に敷かれている。尻に敷かれているとは言っても嫁に逆らえない、奥さんに弱いってわけではないんです。
そう、わたしは座布団。どこの家庭にもあるごく普通の座布団なのです。
午前5時47分、私の1日はヨシ子さん(78)の起床と共に始まる。
ヨシ子さんは朝早起きだ。若い頃はファッションモデルをしていたらしいのだが、ここ数年は体調も悪く今はもう当時の面影もない。
ヨシ子さんは毎朝飼い猫のたまを膝にのせ私に座って同じ湯呑みでお茶を飲む。彼女なりのルーティンなのだろうか。
日が昇り始めると軽く朝ごはんを食べ縁側に移動する。塀の向こうからは学校に向かう小学生たちの元気な笑い声が聞こえてくる。その声を聞くのがヨシ子さんの毎日の楽しみだそうだ。
7年前おじいさんが亡くなりひとりごとが増えた気がする。いったい誰と話しているのだろうか。座布団の私にそんなことは分からないが、ひとりごとで寂しさが紛らわされるならそれでいいと思う。
夕方の4時を過ぎ気づいたら寝ていたヨシ子さんも目を覚ました。しばらくして玄関が勢いよく開く音がした。また彼がやってきたのだ。彼の名前はそうた(小2)ヨシ子さんの孫だ。
「おい、その泥だらけの足で私を踏むな」
「意味もなく私を床に叩きつけるな」
こんな届くはずもない文句言いながら、私はそうたが帰る時間まで耐え抜く。そうたのことはあまり好きにはなれないが、彼が来ている時間ヨシ子さんはすごく楽しそうに笑う。
彼もあと数年したら友達と遊ぶことが優先になってここに来る回数も減るのだろう。ヨシ子さんが亡くなるのが先か、そうたが来なくなるのが先か、そんなことを考えてると寂しい気持ちになる。
ヨシ子さんが亡くなってしまったら私はどうなるのだろう。古くなった私は遺品整理と共に捨てられてしまうのだろうか。まぁ、先のことを考えても仕方がない。
明日もまたヨシ子さんは私の上に座る。こんな変わらない日常もいつかは終わりがくるのだろう。だがヨシ子さんが私を必要としてくれる限り、私はこの代わり映えのない日常を座布団なりに楽しんでみるとしよう。